宗教がくれる答えには満足できないから、徹底的に自分を見つめるしかないと気づきました。

宗教というと人によってさまざまなイメージがあると思います。

私自身の経験ですが、ある宗教に「入信?」していた時期があります。

 

私は、特に困りごとがあって宗教に入っていったわけではなく

人が生きる意味とか、

幸せってなんだろうとか、

宇宙とか世界のしくみとかに興味を持った時に、

偏った意見であっても 明確な答えをくれる場所が 宗教だった

という感じでした。

 

たくさんの人が所属して、皆が幸せを求めて努力しているのに

なぜ年数を経ても、皆変わらないのだろう?

幸せそうじゃないのはどうしてだろう?

 

あのころの私は、

心についての学び、また霊的な学びを求めていたのだと思います。

霊的な学びも、いろいろなレベルに対しての回答があるものだと 

今は思います。

 

宗教団体の中に入ってみて思ったことは

神様に頼る考えでは、本当の幸せは得られないというのが私の感想です。

 

潜在意識について学んでいくと、

潜在意識に関わることは

どこまで突き詰めても自分自身に関わっていくことになります。

 

この世界は、「自分と自分以外」でできているわけですから

自分の反映がこの世界だということになります。

 

依存的な考えを手放した時に、

自分の人生のハンドルを自分で握って進んでいく感覚が得られるようになりました。

 

人をごまかすことはできても、潜在意識に嘘やごまかしは通用しません。

自分に正直に、まっずぐに自分を見つめるしかありません。

 

宗教は、長い間 人を支えてきたと思いますが、

今の時代の中で人が本当に必要としていることの答えを求めるには、

難しい部分があるように感じます。

 

潜在意識を知ることで、その先の(集合的)無意識へ、また霊的(スピリチュアル)世界への理解が深まります。

 

人生の旅を、地図を持たぬまま進むか 

地図を持ち、自分の現在地点を把握しながら進むのか…

 

潜在意識について学ぶことは、人生の地図を少しずつ明確にしていくことだと思います。

 

「私たちは死んでどこへ行くのか?」 「どう生きるべきか?」

そのような疑問に対して 宗教が出してくれる答えに

現在の私たちは 物足りなさを感じてしまいます。

 

本質的な答えは、どこから求めても真理にたどり着くようになってはいるのかもしれませんが

全ての意識を含んだ大宇宙の中の一部であることを知ってしまった私たちには

宗教がくれる答えは 断片的に思えるのです。

 

見えない潜在意識を見ようとすることで

見えている自分自身を きちんと知ろうとするようになります。

 

自分の潜在意識を知るために徹底的に自分を見つめることが

その反転である宇宙を見つめることになるのだと思います。