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とりとめもなくいろいろ…過去生の記憶ももろもろ

11月11日

ポッキーの日?独身の日?

スタートって感じですね

新しいスタートの前には過去の清算をした方が

スピーディにいくのです。

 

今年は本当に色々なできごとがあり、めまぐるしいほど…

 

昨日は姑から2時間半、怒鳴られ続け(私が怒られてたってわけではないのですがね)

正座しても日頃は足がしびれることもないのに、流石になんだか辛くなり、

過去のことをたくさん思い出しました。

 

ひとりひとり

同じ環境にあっても

体験している世界は違うのです。

 

そして

ひとりひとり

自分の選んだ世界を体験しています。

 

日頃 蓋をしていた記憶が

たくさん蘇ってきました。

 

辛かった心象風景を何度もくりかえしてしまうということは、よくあることです。

潜在意識のなせるワザですね。

 

体はここにいても

記憶は過去に遡り

いろんなことがリンクして自分の魂の歴史のようなものを見ていくことになりました。

 

こうして正座をして、延々と話を聞くこと

延々と人の悲しい気持ち、やるせない吐露を聞き続けること

そしてそれは、聞いている私にはどうにも改善のしようがないことである

というこの状況は、

私が幼い頃から

何度も体験してきたことでした

 

こういう話をすることは、あまりない私ですが

一度きちんとまとめて

書き出しておきたくて

書きますね。

しばらくしたら非公開にするかもしれない

長くなるけど

気が向いたら読んでね。

 

小さい頃、一緒に住んでいた私の祖母は酒乱でした。

女性で、あの世代で酒乱て

めずらしいと思うんだけど

祖母は四人の子供を産んで

一番上が私の母。ほかに男の子二人、女の子をもう一人産んだんだけど

男の子は二人とも、割と若くして病気で亡くなってしまいました。

それが辛すぎたのか、きっかけはわからないけど

酒に溺れるようになってしまったらしく

母は若い時から、酒乱であちこちでいろんなことを仕出かす祖母に苦労しながら過ごしてきたようでした。

男の兄弟が二人とも亡くなったので

母が家を継ぐことになり、

父が養子に入ったという形の 我が家でした。

 

祖母は、歳をとってからも

ときどき酒を飲んでは外で人に迷惑をかけたりしていました。

そうすると、父が祖母を怒って、家で大騒動が巻き起こるのです。

 

母と祖母は仲が悪かったし、

やってることは祖母が悪いので

家族の中でも祖母は孤立していました。

でも、酒をのんでない時には、とても優しいおばあちゃんで

私のことを可愛がってくれていました。

朝起きると「今日も仏さんのように生きたい」と言って

信心深くもあり。

とてもいいおばあちゃん

でも酒を飲むと

人に絡んだり、とにかく迷惑をかけるのです。

で、結局父に力づくで連れ戻され、押さえ込まれ

酔が覚めたら、お父さんに酷い目にあわされたと大騒ぎしてました。

 

私はおばあちゃん子でもあったので

おばあちゃんの話を聞くのは

私の役目のようになっていて

家の中の空気が悪くなりすぎないように

家族を笑わせたり

母と祖母の間に入って、意思疎通をはかったり

バランス役でした。

 

祖母が酒をのんで狂って

それが覚めて正気に戻るまでの間

愚痴を聞いたり

泣き叫ぶのを聞いたりするのが

私の役目

 

楽しいはずもないけれど

私がいないより

いた方が

おばあちゃんも正気に戻るときが多いし

反省もするようなので

家の環境を速く良くするためにも

私は祖母の部屋で過ごすことが多かったです。

 

一緒に時代劇見たりね。

 

酒でくるってない時は、本当に優しいおばあちゃんだったし

私のことはほんとうに可愛がってくれました。

子供心にも、

私がいることでおばあちゃんの心が救われてるっていうことも

感じていたし。

 

ただ

ひとたび嵐のような状況になると

子供だったわたしにはなす術もなく

ただじっと座って、大人のそれぞれの言うことを聞いて

嵐が過ぎるのを待ちました。

 

そんな過去のことを思い出し…

 

 

もっと過去の記憶もあります。

 

時々、過去生かなという感覚で

いろんな記憶と感情が蘇ってくることがあるのだけど

くりかえし思い出す記憶の一つが

隠れキリシタンで、拷問されていた時のこと

これは、確かめようがないので

本当かどうかなんて

わからないけども

 

正座した足の上に

重い重い 石を何重にも乗せられて

足の感覚がなくなり

意識も遠くなるなか

改宗をせまられる

そういう記憶のかけら

 

たぶん

違う時代にも似たような経験を繰り返していて

変な宗教か何かで人を煽動したという罪で投獄されて

拷問にあったような記憶も

ときどき出てくる

 

ほんとうにあったことかは関係なくて

自分の潜在意識に

そういった心象風景が刻みこまれているということは事実で

 

今回の人生でも

幼い頃から

「正座して」「わたしが何を言っても無駄」

「動くことができない」

「ただ過ぎるのを待つしかない時間」

そういうのが、繰り返しおきている。

 

もうこの経験はいらない。

わたしはこの過去を清算して

自分の自由を謳歌し

それによって人を励まし、

人が自由に生きるのを応援したい。

 

そのために生まれてきた。

そんな気がする。

 

愛情であっても

人に押し付けたり、

それで人をしばったり

 

親子であっても

それぞれの自由な意思は尊重されるべきだし

それによって

困ることがあったとしても

それを体験する自由もまた

人にはあるんだ。

 

とりとめもない話

書いてしまった。

 

サロンをやってて

レイキ講座をやってて

ほんとうに沢山の人と出会う。

 

お礼のメッセージに心を救われることも たくさんあって。

 

人って、とってもせつなくて

美しい生きものだなあ

 

気持ちが弱くなった時こそ

ほんとうに人のありがたみが沁みる。

 

支えてくれる人、気づきをくれる人

みんなにありがとうと言いたい。

 

また新しいステージに

進めそうな気がするな

 

 

 

 

 

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この記事を書いた人

こんにちは。
NPO法人日本レイキ協会専属講師のやさきやすよです。
レイキヒーリング、セラピーで、今よりもっと自由に心から輝きたい女性を応援するサロン「ルルテル」を運営しています。

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